イースターのウサギが来たよ

子供が大きくなってからは、Egg hunt (たまご探し)はやったことがないが、こないだ友だちと Swap(家にあるいらない物を持ち寄って、ほしいものを見つけたら持って帰る)をやったとき、イースターエッグがあるのを見て懐かしくなり、つい持って帰ってきた。もう息子も来年は仕事を見つけて巣立っていくだろうから、明日のイースターの朝には、

 

The Easter Bunny has come!

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と言って、息子に裏庭でたまごを探させようと、たまごにキャンディーを詰めている。日本人はキャンディーというとあめ玉を思い出すが、アメリカ人は、キットカットとか、チョコレートでもキャンディーと言う。

 

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きのうの余談だが、日曜の朝、女たちがイエスの遺体に香料を塗りに来たシーン、ヨハネという弟子によると少しはなしが違う。

 

墓に来てみると遺体がなくなっていたので、女たちは弟子たちに知らせにいったが、マリアという女弟子は墓に残って泣いていた。すると、イエスさまが現れて、「どうして泣いているのか」とたずねたが、マリアは墓の番人だと思って、「遺体をどこに置いたのか教えてください、とたのんでいる。「マリアよ」とイエスさまが名前を呼ばれるまで、さがしている当人だと分からなかったのだ。

 

このあと、2人の弟子がエルサレムからエマオという町まで歩いていたときイエスさまが現れて、「何を話しているのか」とたずねられた。

弟子たちが、最近起こった一大ニュースを知らないんですか、とイエスさまの体が墓から消えたしだいを話すと、聖句を引用して、救い主が殺され復活することはむかしから予言されていたことを説明した。その間、この二人はイエスさま当人と話していることが分からなかったのである。

 

エマオの旅館に着いて、食事のとき、パンに感謝して祝福してらっしゃる様子から、その人だと分かった、というのだ。

 

もうひとつ。弟子たちが指導者のイエスさまを失ってどうしていいか分からず、もとの猟師にかえって夜通し漁をしたが、全然とれなかったことがあった。朝になってイエスさまが現れたが、弟子たちは、その人だと分からなかった。「舟の右側に網をおろしてみなさい」と言われ、やってみると大漁節。

生前にもちょうど同じことがあったのを思い出したヨハネが「あれはイエスさまだ」と言うので、みんな急いで岸へもどってみると、イエスさまは火をおこして魚を焼いていて、パンもあリ、食事をしなさいとすすめてくれた。

 

And none of the disciples durst ask him, Who art thou? knowing that it was the Lord.

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弟子たちは、主であることが分かっていたので、だれも「あなたはどなたですか」と進んで尋ねる者がなかった…

とある。

 

みんな、なじみのある言葉づかいやしぐさで誰だかわかったのだ。

 

復活したら生前と同じ体にもどるはずなのになあ、どうしてみんなパッと見て分からなかったんだろうと、このあたりを読むといつも思う。

 

完全な体によみがえるんだから、もしかしたら17才ぐらいの様相に復活されてて、30過ぎのイエスさましか知らない弟子たちには見分けられなかったんだろうか。でも弟子の中にはイエスさまの兄弟もいたはずなのに。

 

いやいや、こんなことを思いめぐらすより、もう寝ないと。明日は早く起きてたまごを隠して、教会へ行く前に晩ごはんの下ごしらえをしとかないと…