「彼は三日目によみがえった」は英語で

He was resurrected on the third day. 

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Good Friday にイエスさまは世の人の罪をみんな背負って、十字架で、私たちの身代わりに処刑された。

 

さて土曜日の安息日が終わって、日曜の朝早く、イエスさまに従っていた女たちが遺体に保存用のスパイスを塗りにきてみると、墓の前においてあった大石がどけてあった。

 

この部分、4人の使徒が少しずつ違うことを記録しているが、カメラもスマホもない時代だし、男性は過去のものごとを思い出すのがあまり得意ではないようなので(失礼)、口をそろえてお互いつじつまを合わせようとせず、4つの福音書をくい違うままにしておいたのに敬意を表したい。

 

ルカによる福音書の24章では、女たちがお墓の中をのぞいてみると遺体がなくなっていた。あれっと思っていると、輝く天使が現れて言った。

Why seek ye the living among the dead?

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あなた方は、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか。

 

He is not here, but is risen.

Why seek ye the living among the dead?

その方は、ここにはおられない。よみがえられたのだ。

 

 

マルコという弟子によると、イエスさまがよみがえられたとき、墓が開いて大勢の聖徒もよみがえってエルサレムに行き、たくさんの人に現れた、とある。その時からどうして誰もよみがえらないのかなあ、とも思うが、イエスさまがまた地上へ最後の審判に来られるときまで、おあずけらしい。

 

 

パウロという使徒は、「コリント人への第一の手紙」の15章22節で言った:

For as in Adam all die, 

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アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、

 

even so in Christ shall all be made alive.

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キリストにあってすべての人が生かされるのである」

 

 

アダムが禁断の実を食べてから、彼もその子供たちも年老いて死ぬようになってしまった。が、イエスさまの復活をきっかけに、私たちも死んだあと、同じようによみがえることになった。それも病気をしたり、死んだりしない、永遠の体になって。

 

パウロはその永遠の体を41節から説明している:

There is one glory of the sun,

日の栄光があり、

and another glory of the moon,

月の栄光があり、

and another glory of the stars...

星の栄光がある。

 

So also is the resurrection of the dead.

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死人の復活も、また同様である。

 

It is sown in corruption; it is raised in incorruption...

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朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり...

 

今の人生で、どれくらいよい心を磨くかによって、復活したときの輝きが変わってくるのだ。

 

が、栄光に程度の差こそあれ、みんな、もう風邪もひかないならマスクをかけなくたって良いし、痴呆症になった親の介護をすることもなくなるし、死ぬことを恐れずにすむなら、先のことを気にせずに何でも勉強して何でもやれるではないか。疲れるとか、「時間がない」とか気にしなくても、文字通り、果てしなく命はあるのだ。

 

私ならピアノやギターの練習もしたいし(次の世界でも楽器はあるかな?何でもあると思う)、神経痛のない体になったら、バック転の練習もしたい。ただ、そんなことにばっかり熱中しなくても、もっと高尚なことも学ぶんだと思うが。宇宙の造り方だとか、いろんな次元を超えて天使みたいに飛んでいく方法だとか。

 

去年の12月に他界した父も、やがては不死不滅の体に復活すると思うと、「いや-、これはすごい贈り物だ」と、私たちの汚い罪を負い、つらい死を耐え抜いて復活までがんばってくださったイエスさまを思い出すイースターである。